宮司の挨拶

ヤタガラス

R5-02-21 / 276話

 今年の賀茂御祖神社のカレンダーは、彫刻家 晝間氏の彫像「八咫烏」を挿絵にしました。

 と言うのも昨秋は、サッカー・ワールドカップで日本チームの活躍が国内を大いに沸かせました。今なお話題ふっとうです。そのせいか、ヤタガラスに接する機会が多方面でありました。

 日本サッカー協会も日本ボーイスカウト連盟もヤタガラスがエンブレムですし、もっと、身近なものに国旗があります。日の丸の竿の先に金玉(きんぎょく)をつけますが、これは霊鳥である金鵄八咫烏(きんしやたがらす)を表し、竹の竿の墨で縞模様を描いているのは、ヤタカラスを表したとされています。ほかにも、地方には、さまざまな伝承があります。

 『日本書紀』の神武天皇のくだりに「天皇が東征のおり熊野の山中にて道の難儀にあわれた夜、夢をみられた。天照大御神が「ヤタガラスを遣わそう。それにより道案内としなさい。」との仰せにより難をのがれられた。」とあります。『古事記』には、この神話を「高木大神」の命をうけて、とありますし、『日本書紀』には、神武天皇三年十一月七日のくだりに、皇軍の話。敏達天皇元年五月、高麗國からの上奏文のくだり、『神代紀下』、高天原にて天稚彦の葬儀に宍人者(ししひと)の話。『天武天皇紀下』筑紫國太宰(つくしのくにおおみこともち)が瑞鳥の赤烏を献上したこと等々、『日本書紀』には多くが記述されています。

 それなら、三本足のカラスとはどういうことか、と平安時代の辞典『倭名類聚抄』をみれば、古代中国の「参足烏」(さんそくう)の伝承をそのまま受け入れているのではないかと思われます。しかしながら、わが国にとっても「参」という数字とその思想は、縄文時代の土器類に三つの流れで模様に現わすなど、一概に外来思想の影響とは言いがたいと思います。

 『古語拾遺』に鴨・賀茂県主の遠祖とあり、『新撰姓氏録』には、神武天皇が「中洲」に向かわれるときカミムスヒノカミの孫・鴨建角身命が大鳥と化して先導したと伝え鴨・賀茂県主の祖である、としています。また『先代旧事本紀』には、その末裔が葛野県主部であるとも伝えています。

 現在、糺の森に鴨・賀茂・加茂氏の祖神として、二十二所社が祀られていますので是非ご参拝ください。