資料館―秀穂舎 完成まぢかです

 
 「しゅうすいしゃ」と、読みます。穂、は子供にみたてて、たわわに実った稲穂に例えて、すぐれた、りっぱな子供たちの学び舎、という意味です。江戸時代の学問所の先生が名付けました。
 この度の御遷宮を記念して、かつて学問所の画工司―えだくみのつかさー浅田家の旧宅を江戸時代の姿に復元いたしました。
画工司は、平安時代の下鴨神社の社頭図『鴨社古圖』とか、『葵祭絵巻』『御生神事絵巻』『賀茂臨時祭絵巻』等々の書写で知られた家のことです。浅田のほかに大崎、淵、榊などの絵司が数々の記録を遺しています。特に御遷宮は、二十年に一度のことですから絵や文字で詳細に記録しています。
浅田家は、江戸時代の『鴨社旧図』などに描かれています。当時は、隣接する一帯は、学問所の先生方の屋敷街でした。南隣は、近郷近在の子供たちに読み書きソロバンを教える塾でした。その塾の名前を「秀穂舎塾」と、呼ばれていました。
旧浅田家の門は、華表門(かひょうもん)と、呼ばれています。華表とは、鳥居のことです。下鴨神社の社家の家には多い格好です。門の脇には、石人の文官が建っています。学者の家の標です。そうして、歳木(さいぎ)も建っています。歳木は、その年の歳神(としかみ)がやどられるよりしろです。社家のうちには、このように歳神と屋敷の神々、先祖の神が祀られていました。
家の中には、「神棚の間」があって、横を流れる「泉川」でみそぎをし、「ケハイの間」で装束を着替え、「ケハイの間」には、「あかだな」もあり、そこで御供えの準備をして、神々のお祭りをしました。
画室は、二階です。茶室のように狭い部屋ですが機能的でありながら、建築技術の粋をこらし、用材も稀な材料ばかりで製作されています。茶室は、一階にあります。
特徴は、住まいと家業の絵司の間を区切った構造になっており、それを繋ぐのは橋です。橋は、「端」で、この世と清浄界を繋ぐ「はし」で、ここから泉川のみそぎ場へ降りる道でもあり、住まいへ通ずるハシでもあります。
公開は、十月からと予定しています。ご参拝の節にご覧にお立ち寄りください。
 

HOME

下鴨神社について



交通アクセス・MAP


ご祈祷について



ご婚礼について




祭典行事

特別拝観について

宮司挨拶























式年遷宮について


English

お問い合せ