雨の日の烏の縄手

  
 ここのところ、大雨が各地を襲っています。被害も大きい。京都の夕べはものすごい降りようでした。明け方は、雷と稲妻で最近、見たことも、聞いたこともない有様でした。
 今日の出社は、長靴にしました。雨用のコートは、まだ暑いかと、思いながら、それどころでなく、雨の降りようをみれば、気にしていられませんでした。
 どうしても、確かめておきたかったので、早速、糺の森の烏の縄手に長靴のまま出かけました。と言うのも、今月末、神饌田の稲刈りに行かねばならないからです。稲刈りと烏の縄手が何の関係があるのやら、と聞かれた方は思われるとおもいますが、烏の縄手、とは、鴨の御祭神・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)をお参りする参道ということです。正参道は、御幸道で市民は、避けて烏の縄手をお参りの道としていたのです。  烏の縄手は、川のような状態で、子供のころを思い出しながら、水つきの烏の縄手をよろけながら、やっとのことで舩島にたどり着きました。
舩島のことは、以前にこの欄で書いた事がありますが、舩島、と言う無社殿神地で、御手洗川と泉川の三角州の中州にある磐座です。賀茂斎院の斎王宮が楢刀自神(ならとじのかみ)の祭祀をされたことを『日本外史』が伝えたり、祈雨、止雨の記録を『群書類従』が記録したり、と官祭もあり、氏神祭祀もありと言う伝統の祭祀場です。
 舩島の中央が磐座になっており、磐座の地中が井戸様の遺跡があり、その島の祭祀場に渡る架橋の袂から井戸の遺跡をのぞけるようになっています。
通常、川の中に井戸、とは、想像がつきにくいと思いますが、古代信仰では、中州は、全く新しい、生まれたばかりの神聖な清らかな土地と考えられていました。神々が鎮まるに相応しい土地として清浄視されてきました。そこえ井戸を掘られたのではなく、その清浄地において祈雨、止雨の祭祀がおこなわれ、占卜の跡が井戸のような状態になったのではないかと思われます。
『鴨の七不思議』に、祈願が通じると「舩島で小石が跳ねる」と「神に通じた標し」という言い伝えがあります。
 果たして、大雨で泉川と御手洗川が増水したとき、地中の遺跡はどうなるのか、が気がかりでした。さすが、千年間、祭りの場、となってきたことがあり、地中の遺跡は、川の水面より下でありながら少々の洪水でも川の水が入り込まないようになっていました。
 稲刈りの日は、天候に恵まれると思います。




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