式年遷宮事業
史跡・御蔭社の整備事業―三本杉の復旧

御本宮の清浄地へ入るのは、明橋(あけはし)と言う橋を渡ることによって、各自が御祓をするようになっていました。橋が架けられたのは、近世で、それまでは奈良の小川を裸足で渡るのが御祓でした。先年、この所の発掘調査をしたとき、旧流路の川淵からたくさんの古銭が出土しました。
このように、現代の神社祭儀の儀礼とは異なった作法によって下鴨神社は祭事を二千年間伝えてきました。
この程、國の史跡に指定された御蔭山と御蔭神社も現在の神社からみれば特異な祭事を数多伝えています。
社殿が現在の神地に御移りになったのは、第二十七回・天保六年(一八三五)三月十一日の式年遷宮のときです。それまでは、山の西麓の川に面した神地でした。ところが、度々、大川の氾濫や山崩れなど自然災害に遭い現在の地に御移りになったのです。
古くから、この地は、みあれ山と呼ばれ、神事も御生(みあれ)神事と称され御祭神の荒御魂(あらみたま)がお生まれになる神地です。ですから、清浄地へ入るためには、何度か御祓をしなければなりません。
先ず清浄地へはいるとき、みあれ山の西麓に設けられた三本杉の解除所で御祓をします。
これまた、御生神事のとき、みあれ山の麓を巡る神事があり、その道筋もたびかさなる災害によって寸断されるなど巡ることができなくなりました。ついに三本杉の解除所まで土砂に埋没するなどして場所を違えて解除の儀礼を長い期間おこなってきましたがようやく、今回の遷宮事業で復旧のみとうしがたちました。
次の歌は、三本杉の解除の儀礼のなかで歌を謡いながら御祓する歌謡です。
 千早振る神の杜(やしろ)を清めむと四方の海水(しほみず)
むすひあけゝり
 
 千早振る神の心をすまさんと四海の水をそゝくみ杜(やしろ)
 
 千早振る神も我が身ももろともにあちのみやこに入るそうれしき
 
 

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